従来の常識を持ったエゴは狂ってる凶暴な犬みたいなもの

なんだか今月に入って、認識がものすごーく安定してるよ。

望みがあるなら、それに相反する思考は全部嘘 無職だけど生きてる / 「叶ってない」なんて言葉はどこにも書かれていない / その他いろいろ

読んでくれてる方々の役に立つ記事を書きたいけれど、当分はもう少しこのまま、認識の変容を書き連ねたいと思うよ。

現実のどこかに不足状態を示す文字が書かれてるわけじゃない

ラベル剥がしで、目の前のものからラベルをペリペリ剥がしていたら、ラベルなんてどこにもないって気付いたんだ。

たとえば、鏡を見た時に「私、すっぴんメガネ姿ブスだな…」って思ったの。

でも、現実のどこかに「私はブス」って文字が書かれてるわけじゃなかった。「ブス」なんて言葉どこにも書いてないのに、自分のことをブスだって思ったんだよね。

文字で書かれてるならまだ納得できるよ?でも、そんな文字どこにも見当たらない。現実のどこかに不足状態を示す文字が書かれてるわけじゃない。なのに、そのふとした言葉を真実だと受け取ってる。自分に「ブス」ってラベルを貼ってるの、勝手に。

現実の人だれひとりとして私のことをブスって言ってないのに(いや、言われたけど)、繰り返しループの自動再生思考(エゴ)が当たり前かのように「ブス」ってラベルを貼ってることに気付いたんだ。

今までどれだけエゴに支配されて生きてたかを実感した

今まで何度も気付きはあったけど、今回エゴの働きをとにかく意味のないものだと気付いたおかげで、エゴも納得したよね。「全てが在る」ことへの信頼感というか。今までどれだけエゴに支配されて生きてたかを実感した。

いままではエゴの言葉を盲信したまま創造力を発揮してたんだなーって。人間は最高の創造力を持ってるのに、気付いてないんだよね。一生気付かない人もたくさんいる。全部自作自演なのに。

ここでメソッドたちが生きてくる

でも、気付いたなら好きな世界を選択していかないと特に世界は動かないってこともわかった。自作自演だってことが腑に落ちて、心が落ち着いてるだけならいわゆるひなたぼっこ達人だね。

なるほど、ここでメソッドたちが生きてくるのか…って思った。前までメソッドを何か別の存在に世界を変えてもらうためにやってた。今は主体的に世界を選ぶためにやるものなんだなって思った。

エゴはそのままにしてるとやばい奴だけど、味方にすれば大丈夫。最強の味方なんだ。従来の常識を持ったエゴは狂ってる凶暴な犬みたいなもんだけど、手懐けたら可愛いペットです。

「メソッドを叶えるためにやらないで」「メソッドは認識の変更を促すためにやるもの」とか達人の言葉に振り回されてきたけど、言葉の本質をわかってなかったよ私。

「メソッドで内面が変わって願望が叶うことにより、自分の内面には力があるという認識になるためにやるもの」で「”叶えるために”というエゴの嘘に振り回されないで。だって”既にある”から。そこから選択しよう」ってことだったのかなって今は解釈してるよ。