【自分=世界】「愛情表現をしない彼」を自分が創ってることに気付いたら、「愛情表現する彼」になった

愛情表現をしない彼に不満を抱いてたけど、その彼は私が選んでたことに気付いたんだ。

素直に「彼に愛されてる私」を選んだら、その後すぐに「彼に愛されてる私」のストーリー展開が始まったよーって話をするよ!

愛情表現をしない彼

私の彼氏ね、付き合った当初は「ソーダちゃん大好き!」「ソーダちゃんはおれの姫、宝物」なんてデレを注ぎ込んでくれてたんだけど

付き合って数ヶ月したら天邪鬼ツンツン男になって、「私のこと好き?」って聞いても「知らね」って言うようになったの。愛情表現をしなくなったというか。

「好き?」って聞かれた時に答えるのは癪らしいけど、自発的には言わないの。

私が「愛情表現をちゃんとしてほしい」「普段から好き・可愛いって言ってほしい」ってお願いしたら、一時は「わかった」って了承するけど、なかなかしないんだよー。

たまにデレが出るのも萌えるっちゃ萌えるけど、それまでずっと無愛想だから疲れちゃう。

全く愛情表現をしない彼の姿が、私の歩み寄る心にあぐらをかいてるように見えて、疲れちゃったんだ。

もう、努力したくない…

彼が家に泊まりに来た朝、「もう、努力したくない…」って思った。

私からはたくさん歩み寄ったけど、彼はただ私の愛情を受け取るだけ。そんな一方通行のつらさに普段から苦しんでたの。

素直につらさを打ち明けたら突き放されるし。いつも結局、私の気分がコロッと良くなって、私が歩み寄って仲直りすることの繰り返し。

恋愛以外での悩みもいっぱいくっついてきて「私は努力しすぎなのかも。仕事だって恋愛だって何だって、ずっと努力してる。でも、努力が報われない世界から抜けられない」って思って、わんわん泣いた。

今までずっと、努力しても結果がついてこなくて辛かった。でも努力しなきゃ廃人になってしまうというループに陥ってたんだ。どちらに向かっても頭打ちのループに疲れ切ってた。

努力って?

そこではっと気付いた。

自分発信で楽しくやってる時は「努力」だなんて一切感じていなかったのに、「報われなかった」と感じた時に「努力」って概念が出てくるんだなって。

「努力」という概念には「つらくて苦しいもの」という意味合いが込められてる。

だって、頑張って動くことが楽しかったら「娯楽」って名前を付ければいいじゃないですか。

たいていの人が使う「努力」って言葉には、「つらくて苦しいもの」という意味が含まれてる。

じゃあ「努力」って概念がそもそも間違ってるんじゃないか。この概念がなくなってしまえば、その先にいけるんじゃないかと閃いたんです。この話はまた別の記事にて。

情緒やばくね?

話を戻すね。

わんわん泣く私に横で寝てた彼が「どうしたの?」「おれ何か泣かせること言った?」って声をかけてきた。

もう何の努力もしたくなかった私は、言葉で想いを伝えることすらもしたくなかった。

無視して泣いていたら、「なんで無視すんの?何か言ってくれなきゃわからん」「…情緒やばくね?」って不機嫌そうに。

仕方なく泣いた原因を言うと彼が「…もー、やだ……」って言ったから、この人は愛情を受けるばかりで返さない人なんだ、もうダメだ…って思った。

これが、私が創った世界

彼に背を向けて寝て、ぼーーーっと考えてた。

努力が報われない私の人生。愛情表現をしない私の彼。これが私が創った世界なの…?こんなの望んでないよ…。

もうやだ。もうやだ。

こんな人もうやだ。

こんな人生もうやだーー!

………

…ん?待てよ。

「努力が報われない私の人生」
「愛情表現をしない私の彼」
っていう、私の脳裏に映った言葉を、現実が読み上げてるだけじゃん。

現実が、私の頭の中をそっくりそのままトレースしてるだけじゃん。

私が
「努力が報われない私の人生」
「愛情表現をしない私の彼」

って言葉を頭にえがいたから
現実がそれを読み上げただけじゃん。

私は自作自演で苦しんでただけ。

私がこの楽しくない現実を創ってたんだから、設定を書き換えることなんて簡単じゃん!って。感覚的にそう思いました。

「彼に愛されてる私」を選んだ

望まない現実は自分で創った特に意味のないものなんだから、好きな設定を選べばいいじゃんか!

って気付いた私は、脳裏に映る言葉を書き換えたの。

今までは
「努力が報われない私の人生」
「愛情表現をしない私の彼」

なんて幻想を追ってたけれど

「彼に愛されてる私」を選んだの。

そしたらね、その後すぐに「彼に愛されてる私」のストーリー展開が始まったよ。

「彼に愛されてる私」というストーリー始まる

私が泣き止んで「おなかすいた」って言ったら、彼はごはんに連れてってくれて、その後たくさんデレてくれました。